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葬儀の知識

三途の川の渡し賃とされる六文銭の意味を葬儀社が解説

一級葬祭ディレクター/中原優仁【記事監修】厚生労働省認定
一級葬祭ディレクター/中原優仁

人が亡くなったあとに渡るとされる「三途の川(さんずのかわ)」。

日本では昔から、あの世とこの世の境目として語り継がれてきました。

こちら記事では、三途の川とは何か?そしてなぜ六文銭が渡し賃とされているのかを、葬儀の現場に立つ立場からわかりやすく解説します。

三途の川とは何か

三途の川とは、死後の世界へ向かう途中に渡る川とされる存在です。

仏教の死生観に基づく考え方で、亡くなってから七日目にこの川にたどり着くといわれています。

「三途」とは三つの渡り方を意味し、生前の行いによって渡る場所が変わるとされています。

また、仏教の考えにおいて死後の世界には六道と呼ばれる六つの世界があるとされており、そのうち「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」の三つの世界を意味しているといわれていたりします。

また、「三途」とは仏教において死後の世界である六道の内の「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」の三道を意味しており、三悪趣(さんあくしゅ)三悪道(さんあくどう)といわれています。

三途の川は実在するのか

結論から言うと、仏教で言い伝えられている川ではありませんが「三途川」という川が日本においていくつか存在します。

青森県・恐山の三途川

最も有名なのが、恐山(おそれざん)にある三途川です。

恐山は古くから「死者の霊が集まる場所」と信じられてきました。境内を流れる川が三途の川と呼ばれ、橋を渡ることで「あの世とこの世の境界」を象徴しています。

秋田県の三途川

秋田県には、実際に地名として「三途川」と呼ばれる川があります。

古くからこの地域では、死者の霊が通る道、冥界へ向かう川と結び付けて語られてきました。

比叡山周辺の三途川

比叡山周辺にも、三途川と呼ばれる場所や伝承が残っています。

比叡山は日本仏教の中心的存在であり、修行・生と死・悟りといった概念が色濃く反映されています。


それぞれの川はこの世とあの世を分け隔てていると考えられている三途の川ではなく、仏教の教えや考え・云い伝えに結び付けて名付けられた川です。

人が亡くなったあとに向かう世界や、その過程は目に見えるものではありません。そのため昔の人々は、「川を渡る」という形で、生と死の境目をわかりやすく表現してきました。

三途の川は、死後の世界を恐れさせるためのものではなく、「生前の行いを振り返り、命を大切にする」という教えを伝えるために語られてきたものといえます。

三途の川の「三つの渡り方」

三途の川には、以下の三つの渡り方があるとされています。

善人が渡る「橋」

生前に善行を積んだ人は、橋を使って安全に渡ることができるとされます。

普通の人が渡る「浅瀬」

特別に悪いことも良いこともしていない、もしくは罪の軽い人は、「山水瀬(さんすいせ)」と呼ばれる流れの緩やかな浅瀬を歩いて渡るといわれています。

罪深い人が渡る「激流」

悪行を重ねた人は、流れの激しい深い川を苦しみながら渡らなければならないとされています。

この考え方は、「生前の生き方が死後に反映される」という教えを、視覚的に表したものです。

この三つの渡り方があると云い伝えられているため「三途の川」と呼ばれるようになったとされます。

三途の川を渡らない宗旨もある!

浄土真宗の考えでは、亡くなった人は阿弥陀仏の本願の力によってすぐに極楽浄土へ往生するとされ、三途の川を渡るという中間の過程はありません。

ですので六文銭を納める必要はないのですが、この風習や文化は宗教や宗派問わず昔から現在まで続いておりますので、納めたいという場合は納めても全く問題はありません。

三途の川と「渡し賃」の考え方

三途の川には、川を渡るための渡し守(奪衣婆・懸衣翁など)がいるとされ、その際に必要になるのが「渡し賃」です。

元々は川を渡るという考え方から平安時代末期より「船で渡る(渡し船)」という考えに変わったといわれています。(※諸説あります)

ここで登場するのが 六文銭(六道銭) となり、「三途の川の渡し賃=六文銭」となります。

渡し賃以外の諸説

また、六文銭には渡し賃以外の諸説もあり、仏教では死後の世界には六つの世界(六道)のいずれかに生まれ変わるという考えがあり、それぞれの世界においてお地蔵さんに救ってもらうために、一文ずつ渡すという考え方もあるようです。

そのことから各斎場やお寺などにおいてお地蔵さんが六体並んでいたり、枕飾りにおいて六つの団子を供える地域もあったりなど、六という数字が重要視されていたりもします。

一般的ではありませんが、三途の川のことを「葬頭河(そうずか)」「三途河(しょうずか)」「三瀬川(みつせがわ)」「渡り川(わたりがわ)」と呼ばれたりするケースもあります。

なぜ六文銭が渡し賃とされているのか

六文銭とは、かつて実際に流通していた銅銭6枚分のことです。

  • 「誰もが用意できる最低限のお金」
  • 「あの世への旅立ちに困らないためのお金」

という意味合いから、三途の川を渡るための最低限の渡し賃として考えられるようになりました。

そのため、昔の葬儀では

  • 死装束の懐に六文銭を入れる
  • 六文銭を描いた紙を棺に納める

といった風習が行われてきました。

現代の葬儀でも六文銭は必要?

現在の葬儀において、六文銭は必須ではありません

  • 宗旨、宗派による考え方の違い
  • 家族や故人の意向
  • 葬儀の形式(家族葬・直葬など)

によって、省略されるケースも多くなっています。

ただし、

  • 故人が仏教的な考えを大切にしていた
  • 昔ながらの形で送りたい
  • 念のため・・・

という場合には、今でも渡し賃として六文銭を用意することがありますし、副葬品としてお棺に納めることは可能です。

しかし、昨今では銅貨ではなく紙製のものであったり植物由来の材料でできた六文銭を納めることが主流となっております。

三途の川は「恐れるもの」ではない

三途の川は、単なる怖い存在ではありません。

「人生の区切り」「次の世界への通過点」として、人々が死を受け入れるために生まれた考え方です。

葬儀とは、残された人が故人を想い、「安らかに旅立ってほしい」と願う場でもあります。

三途の川や六文銭の話は、その願いを形にした日本独自の死生観といえるでしょう。

まとめ|三途の川と六文銭の意味

こちらでは三途の川についてや、渡し賃である六文銭との関係性などについて解説しました。

  • 三途の川は、死後に渡るとされるあの世への境界

  • 生前の行いによって渡り方が変わる

  • 六文銭は三途の川の渡し賃として考えられてきた

  • 現代では必須ではないが、意味を大切にする方も多い

  • 昨今でもお棺に納めるケースが多いが、銅貨から紙製や植物由来のものに変わっている。

となります。特に団塊の世代の方は死後、三途の川を渡るという考えを持っている方も多いためお棺に納めてあげてもよいと思います。

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